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Because, I'm Because, I’m<br>パン屋らしくないパン屋さん 前編
Interview 32 / 割田健一さん

Because, I’m
パン屋らしくないパン屋さん 前編

知れば知るほど、パンはクリエイティブ。

和食にも中華にもパンが合うって本当?

割田健一さんといえば、2017年に東日本橋にオープンしたパン店「ビーバーブレッド」が人気店となり、2022年にカフェ&レストラン「ブーケ」(東日本橋)、2023年に虎ノ門ヒルズ内にパン店「ビーバーブレッドブラザーズ」、さらに今年4月、新宿にオープンした『バニーブレッド』をはじめとするプロデュース店舗の出店も相次いでいる。また虎ノ門ヒルズの店は夜になると、パン飲みができるバー業態に一転するなど新しい試みにもチャレンジしている。そんな割田さんが最近上梓した、パンとおかずのマリアージュ本がちょっと話題になっている。なんと和食や中華にパンを合わせる味変術や、おつまみパンのレシピも紹介しているそう。まずは、パンに絡めたおいしいお話から伺ってみよう。

Q. 面白そうな内容の本ですが、こちらはどんな発想から作られたのですか?

やはりパン屋ですから、もっとたくさんの方にパンをおいしく食べていただきたいという思いがあったんです。僕のお店に来てくれるような方はパン好きな方が多く、マニアックな方も多いのですが、全国のご家庭を考えたとき、食卓にパンが上る回数も、食べ方のバリエーションもまだまだ少ない気がするんです。たとえば、パンを食べるのは、シチューやサラダといった洋食のときで、和食や中華だとやはりごはんになるし、定番といえば、朝ごはんのトーストかランチのサンドイッチぐらい……。日本はもともとお米文化の国ですから、パン好きな人が増えたとはいえ、いまだにアウェー感がある気がします。

パン職人としては、この辺りでパンの新しい食べ方を提案して出番を増やしたいと思いました。
いつもの料理をパンに合わせるためには、ほんの少し工夫をすればいいんです。
たとえば、サバの味噌煮のときは、味噌の煮汁にピーナッツバターを加えてあげる。ピーナッツバターってパンと合うじゃないですか。そんな感じで、パンと料理の間を取り持つ食材や調味料を加えていつもの料理を味変するのがコツです。
そこにパンも寄り添えるとベスト。たとえば、うちのパンであれば、サバの味噌煮には、生地にごぼうとチーズを練りこんだ「ごぼうチーズパン」などが合います。味噌とごぼうは相性がいいからです。

全国の家庭の食卓にもっとパンが上るよう、パンのある生活を楽しんでもらえるようパンと料理のマリアージ本を出版した割田健一さん

この法則で、酢豚ならいつもの材料にパイナップルなどのドライフルーツを加えて作り、パンの方はレーズンやドライイチジク入りのパンにするとか。肉じゃがなら、いつもの味付けにバターをプラス、パンの方にもバターを塗ってあげるといい。パンはシンプルなパン・ド・ミ(食パン)でいいと思います。
サバの味噌煮のピーナッツバター、酢豚のドライフルーツ、肉じゃがのバターがそれぞれキー食材(調味料)となって、料理とパンを結びつけてくれます。

このやり方なら、意外な組み合わせも発見できます。本の企画打合せをしていたとき、制作スタッフの人に「焼肉にはどんなパンが合います?」と聞かれて「メロンパン」と答えたら、周囲の目線が一瞬で凍りました ()。ビーバーブレッドのメロンパンは、レモンフレーバーなので、肉には合うんです。で、実際に食べてもらったら皆さん「うっそー、おいしい!」って。

あと、キー食材だけでなく、素材の選び方も重要です。豚のしょうが焼きなら、厚いしょうが焼き用ロース肉ではなく、やわらかい薄切り肉の方の方がいいですね。パンにのせやすくて食べやすいですから。あと、パンは汁気を吸いやすいので、おかずをのせたりはさんで食べるときは汁気少なめが基本です。豚のしょうが焼きには、キー食材としてはちみつをプラス。パンの方もはちみつ入りの山食パンでバッチリ合いました。

キー食材を加えなくても、料理の材料とパンの材料に共通項がある場合は、組み合わせるだけでいいです。クリームシチューならクロワッサン。シチューのルーとクロワッサンのベースの材料は、両方とも小麦粉、バター、牛乳なので、合わないわけがない。
あと、納豆とパンはよく合います。小麦と大豆、両方とも穀物ですからね。自分でも気にいったのが、薄くスライスした全粒粉のカンパーニュで納豆を巻いて食べる、カンパーニュの納豆巻き。全粒粉とは小麦の粒をまるごと挽いたものですが、全粒粉ならではの香ばしさが納豆によく合うんです。

フランスパンの代表格、カンパーニュ(サワー・ドゥ・ブレッド)をスライスして納豆を包んだ、カンパーニュの納豆巻きを発案

Q. 本当に少しの工夫でどんな料理もパンで行けそうですね。ありそうでなかった発想かもしれません。お酒のおつまみパンについても教えてもらえますか。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」にもあるよう古くからワイン(お酒)とパンは切っても切れない関係ですよね。スピーディに食べられるパンは、現代においても、お酒のおつまみとして最適だと思います。

夏場のビールって飲みたいと思ったら、すぐに飲みたいじゃないですか。おつまみをあれこれ作るより、僕はポテチ感覚でパンをつまみ代わりにするのが好きです。家にあるいくつかのパンを軽くトーストして盛り合わせるんです。
最近はクラフトビールの種類が多いですから、フレーバーやテイストが少し甘めなビールもありますよね。そんなビールにはシナモンロールなどの甘めのパンか、逆にソシソン(ドライソーセージのパン)のような塩辛いパンもいいです。

白ワインなら粒オリーブが入ったオリーブパンを一口サイズにカットしたり、赤ワインならリベイクして温めたホットカレーパンが結構、合います。

あと、日本酒とパン・ド・ミ(食パン)の菜種油リベイクに粒塩を添えた組み合わせは、ぜひ試してみてほしいです。
リベイクというのは、パンをできたての状態に戻す方法なのですが、通常はパンをアルミホイルに包んでトースターで7、8分加熱します。でも僕は、ササっと鉄製のフライパンで焼いています。まずフライパンをよく温め、パン・ド・ミの片面だけに刷毛で薄く菜種油(オリーブオイルでもOK)を塗り、油を塗った面から焼きます。焼き色がついたらもう一方の面も焼く。1、2回ひっくり返したら完成。この方法なら表面はカリっと、中身はふんわりしていてとてもおいしいんです。升酒感覚で日本酒をちびちび飲みながら粗塩とパンをつまみにするのですが、パンと塩、塩と日本酒はそれぞれ相性がいいので、意外かもしれませんがクイクイいけちゃいます。

白ワインにはオリーブパンを一口サイズに切り、チーズやアンチョビをのせてピンチョス風にしたもの

赤ワインにはリベイクしたホットカレーパン

日本酒にはパン・ド・ミ&粗塩(右)を提案

Q. 早速試してみたくなりました。ところで、パン屋さんに行くと、いろいろな種類があって迷ってしまいます。食事パンの定番にはどれがいいでしょう?

確かに、日本は世界中のパンが食べられるって言われるほど、種類がありますよね。さらには日本ならではの総菜パン、菓子パンもある。そんなにパンがある国は世界でも日本だけかも。お店でも「このパンってどうやって食べたらいい?」とお客さんに聞かれることも多いです。もし食事パンのセレクトに迷ったら、「パン・ド・ミ」か「カンパーニュ(サワー・ドゥ・ブレッド)」もしくは、「バゲット」ですね。この3つならだいたいの料理に合わせられると思いますよ。慣れてきたら、「ハードトースト」や「リュスティック」など、食感の違うパンを挟んでいくといいです。

パン・ド・ミ(食パン)はそれこそお店によっていろいろですが、ビーバーブレッドでは料理に合うよう、材料は極力シンプルで、小麦とバターの風味をしっかり味わえるようにしています。ぜひ、厚切りでリベイクして食べてほしいです。

バゲットは、パリッとしたクラスト(表皮)を味わうパンですが、クラム(中身)にはボコボコとたくさんの気泡があります。気泡があるほどきっちり発酵しているので、甘みやうまみがあって、かつ軽くて口どけがいい。食事にも合いやすいんです。
バゲットもカンパーニュもフランスの代表的なパン。日本の方はフランスパンというとバゲットを思い浮かべると思いますが、バゲットはパリが中心で、フランス全土になるとカンパーニュの方が多く食べられています。カンパーニュはその地方ごとにレシピがあると言われるのですが、基本は、小麦粉、全粒粉、ライ麦粉などをブレンドして作ります。

パンってなぜ膨らむのかというと、小麦のグルテンが関係していて、発酵するとグルテンから炭酸ガスが発生し、パン内部に閉じ込められるから膨らむんです。ライ麦には小麦ほどグルテンは含まれないので、密度のあるどっしりとしたパンになり、ライ麦由来の独特の味わいが生まれます。保水性もあるので、小麦パンよりも長時間保存できるんです。

Q. お話を聞いていたらパンが食べたくなりました。でもパン屋さんではつい買い過ぎてしまいます。保存はどうすれば?

パンは焼きあがった後、時間とともに劣化してしまいます。だからといって冷蔵庫に入れるのはNGですよ。冷蔵庫だとどんどん乾燥してしまいますから。総菜パンや菓子パンは買った日のうちに食べてほしいですが、食事パンであれば、2、3日の間に食べきらない分は冷凍するといいんです。そうすれば、23週間は大丈夫だと思います。

食べるときは解凍してから、前述したリベイクをするといいです。解凍は自然解凍がベストですが、時間がない場合はラップに包んで電子レンジで解凍してもいいです。電子レンジは長くかけすぎるとパンが固くなりますから注意してください。
ひとつ気をつけたいのは、冷凍する際はラップだけだとダメ。冷凍用保存袋に入れて、なるべく密封してください。パンってほかの食品の匂いが移りやすいんです。やっぱり味だけでなく、パンのいい香りも楽しんでもらいたいですから。

(前編 了)

撮影 sono 佐山裕子(ワイン・料理/主婦の友社)

<書影>
『行列のたえないパン店 ビーバーブレッドの新提案「パパパ パン定食」和洋中いつもの料理がパンに合う!』(主婦の友社)

<店舗情報>
BEAVER BREAD 
東京都中央区東日本橋3-4-3
平日8001900/土日祝8:001800
月・火定休

BEAVER BREAD BROTHERS
東京都港区虎ノ門263 虎ノ門ヒルズステーションタワーB2
Bakery 8001830
Bar 19:002400
日定休

割田健一さん

割田健一(わりた・けんいち)さん
1977 年生まれ。埼玉県出身。高校卒業後、「ビゴの店」プランタン銀座店に入店。パン職人として腕を磨き、2006年より同店のシェフを務める。2011 年から「銀座レカン」グループのブーランジェリーシェフを務め、2014 年退職。2017 年東日本橋に「BEAVER BREAD(ビーバーブレッド)」、2022 年「bouquet(ブーケ)」、2023 年虎ノ門ヒルズに「BEAVER BREAD BROTHERS(ビーバーブレッドブラザーズ)」をオープンする。パン職人としてパンを焼く日々を送りながら、企業やレストランからの依頼でパンに関わる商品開発、プロデュースなどを行う。著書に『「ビーバーブレッド」割田健一のベーカリー・レッスン』(世界文化社)、共著に『低糖質、食物繊維たっぷりでおいしい!おうちで作る大麦粉料理』(小学館)、近著に『行列のたえないパン店 ビーバーブレッドの新提案「パパパ パン定食」和洋中いつもの料理がパンに合う!』(主婦の友社)がある。

Because, I’m<br>パン屋らしくないパン屋さん 前編